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移転しました

  • 2009/05/08(金) 16:03:33

はてなダイアリーに移転しました。
FC2ではほとんど記事をかかなかったな・・・。

「リアリズムと麦ごはん」
http://d.hatena.ne.jp/zyesuta/

これで

ドリコムブログ(ブログ雷神剣)
→楽天ブログ(ブログ暁)
→FC2ブログ(ここ)
→はてなダイアリー(最新)

と渡り歩いたことになります。

FC2はUIの動作が今ひとつだったのと、サーバが重かったので更新を怠けてしまいました。
はてなはしばらく試してみた限りでは快適なので、このままはてな骨をうずめようかと思います。

日本を変えた三隻の黒船

  • 2008/11/29(土) 05:30:22

久々にブログらしい与太話でも。
こういうのを書くのは2年ぐらいぶりな気がします。


海は日本の防衛にとって何を意味するか


日本は島国で、四方を海に囲まれています。

これは防衛上、2つの意味を持つ、
と林子平は海国兵談で説いています。

原文が手元に無いので以下はうろ覚えの要旨です。

「日本は島国で、海に囲まれている。
ゆえに外国から見れば攻め難く、
また同時に攻め易い。

攻め難いゆえんは、海を越えて兵を渡さねばならないということだ。
日本を侵略する国はそのために強大な海軍を用意せねばらない。

しかしその一方で、日本が海に囲まれているということは、
外国からみて攻め易い理由にもなる。
海上輸送は陸上輸送よりずっと安価に、大量に、遠くに人や荷物を運べる。
だから海軍力を有する国なら日本に攻め寄せるのは容易である」

とまあ、そんなことを林は論じました。
四面環海は日本の国防上、大きなアドバンテージではあります。
しかし海は壁ではなく交通路、それも陸路よりよほど効率的な道路なので、
同時に弱点ともなり得るわけです。

「海に囲まれているから守り易い」ことを何となく、感覚的に知っている人は多い気がします。しかし「海に囲まれているから攻められ易い」面もあると知っている人は、少ないのではないでしょうか。

この海の二面性を江戸時代に指摘した林は恐るべき慧眼の士だったといえるでしょう。

日本に敵対する国が強大な海軍力をもっていたとき、日本は非常に弱い立場に立たされます。島国ゆえの攻められ易さがあるためです。

敵側は日本の海岸線のどこへでも陸兵をあげられるので、完全に主導権を握れます。戦力さえあれば、首都をまっさきに占領することさえ可能。これは大陸国家同士の戦争ではあり得ないことです。

この脆弱性ゆえに、強大な海軍力をもった大国と敵対したとき、日本はつねに屈服してきました。そしてその度に、いったんは従属を強いられつつも、相手国の強さのゆえんを盗み、自国を改造して発展しました。

最も明白な事例が黒船と明治維新でしょう。


二隻目 ―幕末の黒船



新鋭軍艦サスケハナ号を旗艦とするペリー艦隊が日本に来寇したのは、1853年のことです。

島国のくせに海軍を持たなかったに等しい当時の日本(江戸幕府)は、これに対抗する術がありません。ペリー艦隊が東京湾に殴りこんで来れば、首都の市街地がすぐにも砲撃されてしまいます。もし敵艦が陸兵を乗せていれば、開戦劈頭から行政府の目と鼻の先で市街戦をやるはめになります。(ペリー提督にそんな権限はなかったようですが)

江戸幕府がアメリカに屈服したのはやむを得ざる判断だったといえるでしょう。その後、長州藩と薩摩藩もそれぞれ諸外国と戦争をすることで、同じ認識をもちます。

日本に比べて圧倒的な海軍力を有する近代国家たちには、絶対に勝てない。勝てないからには従うしかない。島国で、かつ海沿いに首都を持つということは、つまりはそういうことなのです。


日本の結論は、だから、近代国家に生まれ変わる必要がある、ということでした。


あとはご存知の通り。江戸幕藩体制は倒れ、天皇制の埃をはらって明治新政府が興ります。その政府がやったことはアメリカの圧倒的なパワー、それを生み出している全てを導入して近代国家となることでした。

近代国家への維新回天を促した黒船の来航。
絶対勝てない海軍力との接触が、巨大な変革をもたらしました。

そしてその90年後、黒船は再び来寇します。


三隻目 ―戦艦ミズーリと第七艦隊



太平洋戦争に完敗を日本が正式に認めたのは、戦艦ミズーリの甲板上でした。日本海軍、日本商船隊は無残に壊滅してしまいました。後の日本政府に残った選択肢は、国民に餓死者を出しながらも松代大本営に引き篭もって本土決戦をやるか、それとも手を挙げるか、でした。

その選択の結果、サスケハンナ号の後裔たる合衆国海軍が、再び日本に決定的な変革を迫ることになりました。変化はミズーリの甲板上で始まり、日本が第七艦隊の母港となったことでその方針を固定されました。

国内的には、民主主義国家への変化は至上命題でした。それはアメリカからの要請でもありましたが、戦中は軍部に政治権力を任せてえらいめにあった日本人自身の都合でもありました。

戦略面でも、独自の外洋海軍をもって大国としてふるまう路線から、アメリカの海軍力に依存して生存しつつ、本土防衛に専心する小国の生き方に変化しました。

再びの黒船は、90年前のそれを凌駕するほど大規模な変革を日本にもたらすことになったわけです。

黒船によってもたらされた変化としては、おそらく三度目のことでした。


一隻目の黒船



三隻目は敗戦、二隻目が明治維新とくれば、もちろん一隻目もあるわけです。

現在に至るまでの人類史上、第二位の大上陸作戦だった元寇。これも確かに日本に大きな影響を与えました。ただ、これは主に国内体制面の変化に限られます。

少し下って秀吉の唐入りが失敗した一因である朝鮮水軍との戦いも、元寇ほど派手ではないにしろ、江戸日本の針路に大きくかかわっているように思われます。豊臣体制を弱体化させたともいえるでしょうが、豊臣政権はその後もすいぶん永らえています。むしろ、内政よりも日本の国家戦略面で大きな変化をもたらしています。大陸進出の失敗から、日本はシーパワーとして海外に雄飛する道を断念。友好国オランダの制海覇権によって間接的に守られながら、国内発展に専心します。戦略的には太平洋戦争後に似た方向性の変化だったといえるのではないでしょうか。

しかしそれらを上回る、維新や敗戦に比肩するか、それ以上の変革をこの国のもたらしたと思われるのが、白村江の戦いです。これぞ最初の黒船。あるいは第一次敗戦ともいえるでしょう。

7世紀の本土決戦準備



幕末の黒船で近代国家の威力を思い知らされたときのように、唐・新羅連合軍の軍事力は日本(倭国)にたいへんなショックを与えました。最新技術をたくわえ、律令によって統制された統一王朝がどれ程強いかということ。そして強い統一王朝とならねば、超大国・唐の覇権下にある北東アジアでは生存できないという現実が、倭国政府首脳に突きつけられたはずです。太平洋戦争の時と同様、倭国海軍主力の全滅という明々白々な証拠によって。

海軍力を喪失した倭国政府は、本土決戦を準備します。唐陸軍が上陸するとすればまずは北九州と考えられ、倭国の首都は近畿地方にありました。だから倭国軍は北九州に城砦を築き、兵力を増強し、さらに瀬戸内海沿岸にも防衛拠点を建設します。北九州―瀬戸内海―近畿という縦深を使って、唐軍の侵攻を何とか食い止めようと構想したわけです。おまけに沿岸にあった首都も内陸に移し、さらに防御を硬くしています。首都ごと移ったのだから松代大本営とはちょっと違いますが、発想としては似たものがあります。

こう並べてみると、当時は「唐が攻めてくる」という想定がかなりリアルなものとして考えられ、少なくとも倭国の政府と軍部は本気でそれに備えていたと思われます。

ならば変化は、軍事的なものだけに留めておけるはずもありませんでした。江戸幕府が明治政府となり、大日本帝国が戦後日本となったように、軍事力の器たる国家それ自体をも、新しくするべきだったのでしょう。

最初の黒船と建国



この辺り、私もあまりよく知らないし、そもそも学的にもよく分かってない部分もあるようなのですが、おそらく白村江の戦いの敗北が日本の事実上の建国、その契機になったとみていいのではないでしょうか。

白村江の戦いの数ヵ月後、唐の将軍が2000の兵とともに日本に、たぶん進駐してきています。その間に天智天皇が崩御されます。その後、倭国は国号を変更して日本となります。

それ以前のゆるい諸部族連合体から、強大な中央政府、全土一律の法制度、そしてそれらの藩屏たる徴兵軍を備えた律令国家への改革です。こう並べると明治維新のようです。

改革にあたっては唐の制度が大いに参考にされている点など、太平洋戦争後に近い変化だったようにも思えます。GHQもいたようですし。

この変化がいかに大きなものであったかは、国号が倭国から日本への変えられている点からも明らかです。唐の史書によれば「雅でないので」改称したとありますが、まさか本当に国号がセンスの問題で変えられるわけはありません。また、”天皇”という名称が使われ始めたのもおそらくこの頃ですから、やはり巨大な体制変化、おそらくは事実上の建国が行われたとみるべきでしょう。

近代日本の歩みが黒船から、戦後日本が太平洋の敗北から始まったように、そもそも日本の始まりさえ海戦の敗北に象徴される敗戦、そして戦勝国からの技術導入から始まっているのではないかと思われます。


黒船は日本の宿命



このようにはるか昔から現代にいたるまで、日本は黒船・・・巨大な海軍力をもつ大国と直面させられる度に、巨大な変化を余儀なくされてきました。これは地勢的な宿命です。

ということは逆に考えれば、日本人が現状維持を望むならば、大海軍国の出現を防ぐことが必要だ、ということになるましょう。

「朝型人間」の成功哲学

  • 2008/11/23(日) 11:56:59



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